世界がスローモーションのように流れる。

無我夢中で飛び込んだ先。
鼻先を掠める、あの日嗅いだものと同じ、血のにおい。
凍りつくほどの空気の中で、やけに鮮明に。


あぁ。

貴方はいつも、こんなにおいの中にいるのね。と。

そんな場違いな思考に囚われて、そして。



背中に激痛が走って。




その痛みと引き換えに、私の世界は閉ざされた。





last one truth






「・・・え!・・・と・・・もえ・・・!」


そのまま消えてしまうかと思った私の意識が少しだけ浮上したのは、 彼が必死に私の名を呼んだから。
導かれるように瞼を上げれば、ぼんやりと映る、彼の顔。
次から次へと溢れている涙は、私の上に落ちているのかしら。

感覚がなくて、よく、分からないけれど。


「巴。・・・どうして・・・どう、して・・・」


そんなに、泣かないで。

手を伸ばしてその頬に触れても、指先は何も感じなくて。
その事が少しだけ切なくて、私は笑ったけれど。
貴方には、どんな風に映ったかしら。





ごめんなさい。
もう、大切な人を失いたくなかったの。

愛しているの、貴方を。

だから、生きてほしかった。





そこで、ふと、気づいた。

私は、この人に、この想いを言葉にのせて伝えたことがあった?
一緒に暮らそう、と。
私の幸せを守る、と、言ってもらって。
私はただ嬉しくて、頷いただけで。



そう。

この人だけじゃない。
私はいつだって、相手の好意に甘えていた。





最期に、こんな事に気づくなんて。
本当に、つくづく、感情を表すのが下手な女。


自分の呼吸音だけで彼の声が掻き消えそうで。
声が出るかどうかなんて、分からなかったけど。



「・・・なた、を・・・あ、い、し・・て・・・」



貴方を、愛してるから。

そう、言いたかった。
最後まで、続かなかったけれど。
もうおぼろげな輪郭しか分からなくなった彼が、私の声に 耳を寄せてくれたから、伝わっていればいいと、思う。





再び沈みそうな意識に、今度こそ、お別れだと思った。
痛みのせいなのか寒さのせいなのか、とにかくもう自分の体は 自分のものじゃないみたいに思い通りにならなくて。

けれど。

「死」を目前にして、私は満たされた気持ちでいっぱいだった。
後悔など、何もない。





不意に、もうこれ以上ないと思った痛みが増して。
また少し、覚醒する。

もう瞼を開けても何も見えなくて、けれど、彼の吐息がさっきより 近くに聞こえるような気がする。





「俺も・・・愛してる・・・ともえ・・・」





そして。
聞こえたのは彼の告白。





どうしてこの目は何も映してくれないの。
どうしてこの指は動いてくれないの。


これが本当に最後でいいから、どうか一度だけ。
もう一度、私を抱いて泣く彼に、笑ってあげられたら。


そうしたら、私は。

そう、思うのに、彼の、私の名を呼ぶ声さえ、もう聞こえない。

なかったはずの後悔が生まれる。










何も見えない。
何も感じない。
何も聞こえない。


薄れゆく意識の中。
最期に思ったのは、貴方のこと。





ねぇ。

最後まできちんと伝えられない女でごめんなさい。

けれど、私は。

貴方に愛されて、幸せでした。








初出20111103
最期に巴さんが覚醒したのは、巴さんの言葉を聞いた剣心が強く巴さんを抱きしめたから。